1.直哉とネクタイ




ピンクのネクタイが流行なのだ。祥太郎は新調したそれを、自分の胸に押し当ててみた。
自分で言うのもなんだが、童顔には可愛らしいピンクはよく似合う。

「お似合いですよ、先生…でも。」

後ろから肩を抱くように覗き込んだ直哉は眉間に皺を寄せて、不満を表した。

「明日はまだ休みじゃありませんか。そんなに張り切って準備しなくてもいいでしょう?」
「明日ねえ、生徒会主催で、新入生歓迎のオリエンテーションがあるんだよ。」

祥太郎は少し身を捩って、直哉の手を避けた。さっきから腕をぎゅっと握り締める直哉の手が汗ばんでいるようで、不穏な感じだ。

「生徒会主催なら、職員は関係ないじゃありませんか。」
「そんなわけにいかないよ。僕、顧問だもん。それに…」

祥太郎は少し迷って付け足した。

「4月からは、僕、1年生で一クラス担任持つんだもん。新入生の顔、見ておきたいじゃない?」
「………なんで。」
「なんでって…あのさあ。」

案の定だ。絶対に直哉は拗ねると思ったのだ。
この、図体だけは祥太郎より見上げるほど大きい年下の恋人は、時折酷く子供じみたところを見せる。直哉の学年担任すら引き受けたことのない祥太郎が、どこかのクラスの担任になるというのが許せないのだろう。

「僕だってスキルアップするんだもん。こうして生徒を受け持って、ゆくゆくは学年主任とか、教頭にだって挑戦してみたいんだよ。今だって遅すぎるくらいなんだから、3年目でやっと担任持つなんて!」
「先生が教頭…ふっ。」
「なぁにがおかしいの!」
「いやぁ、メダカか、すずめの学校かと…。」
「むきっ! なにそれっ!」

思わず叫んで振り返ると、広い胸が目の前にあった。しまったと思うまもなく、抱きすくめられてしまう。

「ちょっと…、僕明日、出かけるんだから…っ!」
「休みの間は、先生業は休業で俺の恋人やってくれる約束でしたよね。」
「だから…今日までちゃんとしてきたじゃん…ちょっと! んっ、やだ…っ!」
「約束違反だもん、先生、…それに。」

せっかく締めたネクタイを、あっという間に抜かれてしまう。

「同じピンクでも、火照った肌のピンクの方が、先生には似合ってる。」

大きな手が、祥太郎の抵抗を奪うように手首を取り、ズボンのベルトの辺りを撫でている。シャツの裾はすっかり引っ張り出されてしまった後だ。首筋をぺろりと舐められて、祥太郎は思わず背中を竦めた。早くも息が上がってきている。

「そんなところに跡…つけたら、だめ…っ!」
「それじゃ、跡つけなければいいんだ?」
「だ、だめ…っ、ストップ…ってば…っ!」

言葉ほど、逆らう手には力が入らない。
潜り込んだ指が気持ちいい胸の辺りをまさぐるのを感じると、祥太郎の膝から力が抜けた。



「ん…もう、あいたたた…。」

さして遠くない学校に行くまでひと苦労だ。祥太郎は重苦しい腰を押さえてよろめいた。
夕べの直哉はことのほかしつこかった。思い出すと頬が赤らんでしまうのをとめられない。祥太郎を追い上げるだけ追い上げて、自ら懇願させるように仕向けるのはいつもの直哉のやり口だが、泣いて頼んでもなかなか開放してもらえなかった事などあまりない。

「先生、元気が余ってると、俺の目の届かないところに逃げ出していこうとするから。」

耳元で熱い息が囁く。祥太郎は指1本のもどかしい刺激に、すすり泣いて自ら腰を振っていた。

「そう簡単に逃げ出したりできないように…俺もがんばらなくちゃ。」

なにを、と、問いただす暇もなかった。その後は、まったく一方的だった。祥太郎は、奔流に乗り切れずに、ただ喘いでいただけのように思う。
泥のように疲れきった体に、直哉が「これで明日は一日ベッドの中だろう。」と呟くのが聞こえた。どうやら嫉妬深い直哉は、祥太郎を疲労困憊させて、今日のオリエンテーションへの参加を阻止したかったらしい。
だから祥太郎は、意地でも出てこなければならなかったのだ。





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